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人間関係の悩みがなくなる世界
本当の「真理」を知れば、人間関係の悩みはすべて消える


法律と歴史と教育の深い関係

近年、中東、アフリカ、エジプトなどで、革命による民主化運動が盛んに行われてきました。

絶対的独裁者が倒されて、民主国家を作ろうとしたわけです。

しかし、そのほとんどが、うまくいっていません。

独裁者がいたときのほうが、まだ暮らしが豊かだった、という国は多いのです。

このときのマスコミ報道は、

「正常な民主化には時間がかかる。もう少し長い目で見ましょう。」

というようになされています。

日本、ドイツ、イタリアは第2次世界大戦後、軍事独裁国家から解放されました。

そして中東、アフリカ、エジプトとは異なり、激しい混乱などなく、民主化への道を歩みました。

さて、ここでひとつの疑問がわいてきます。

日本と、今のアフリカとでは、何が違うのでしょうか?

どうして日本のようにうまくいった国と、エジプトのようにうまくいかない国があるのでしょうか?

多くの人は「国民性」「文化の違い」と考えていますが、実はまったく違います。

日本のようにうまくいった国と、うまくいかなかった国とでは、

「最初の法律制定に、民意を反映させたかどうか?」

という点が、とても大きく異なったのです。

実は法律を制定したときに、民意を反映させた国は失敗して、民意を反映させない国が成功したのです。

日本は第2次世界大戦後、アメリカ主導で法律が制定されました。

このとき日本は敗戦のショックと混乱から、アメリカの意向に従うのが当然、という空気が流れていました。

そのため大きな混乱なく、アメリカ主導の法律がすんなりと導入されたのです。

アメリカ主導による、法律の目指した理想社会は何かといえば、

・日本に戦争はさせず、軍事力はアメリカ依存にさせる
・人権、平等よりも自由競争によって、経済を活性化する
・経済を後退させないために、多少の犠牲はやむを得ない
・絶対に社会主義、共産主義にはさせない
・画一的な教育制度を導入して、国民の均質化を図る

というものでした。

アメリカとしては、1日も早く日本に経済復興してもらわなければなりませんでした。

なぜなら日本で工業製品を大量生産して、アメリカの軍事力と経済発展に協力してもらう必要があったからです。

そして日本には、共産主義の防波堤になってもらうつもりだったのです。

アメリカが日本に導入した法律は、アメリカ政府が十分に研究を重ねたものでした。

アメリカでは人権や平等思想による反対のため導入できなかった法律も、日本では導入できました。

なぜなら、日本では反対する人が誰もいなかったからです。

例えば、不動産の名義変更は「届け出の早い者勝ち」という法律が導入されました。

不動産の名義変更でニ重契約が行われた場合、先に法務局へ届け出をした方の勝ち、とされたのです。

わかりやすく言うと、AさんがBさんに土地を売る契約をし、翌日にAさんはCさんにも同じ土地を売る契約をしたのです。

このとき、土地は先に契約したBさんのものではなく、法務局に先に駆け込んだ人のものになる、という法律です。

この法律は、今も有効な法律なのです。

本来ならば先に契約したBさんの権利が守られるべきなのですが、いちいち裁判をしていては、経済復興の足手まといです。

だから、先に届け出をした人の勝ちにして、経済を早くすすめていくようにしたのです。

今でも、この考えに近いような法律は、たくさんあります。

法律は、民意を反映させたらダメなのか?

こうなると、法律を制定するときに民意を反映させたらダメなのか?と思ってしまいます。

結論から言いいますと、

「経済未発達の状態で、法律に民意を反映させたら失敗する」

ということです。

実は、経済発展と民意のレベルは、非常に深いつながりがあります。

経済発展のためには、

「自由、実力主義、優秀な人が富を得る」

ことが大切なのは、誰でもなんとなくわかっています。

しかし経済が未発達な状態だと、自分に実力があるのかないのか、よくわかりません。

もっと正確に言えば、誰とも比較される事がなければ、みんな自分のことを優秀だと思います。

すると、実力のある自分が豊かになれない社会はおかしい、と思うのです。

だから支配者がいなくなったとたん、自分の権利を主張し始めます。

こうしてよくわからない主張をふんだんに取り入れた法律は、まともに運用できません。

だから、いつまでたってもうまくいかないのです。

法律は運用と失敗を繰り返し、何度も改正されて、ようやくまともになります。

日本は戦争直後に、欧米諸国ですったもんだして、うまくいくことが実証済みの法律を与えられて、新しいスタートを切りました。

だから、経済復興がうまくいったのです。

私は、欧米諸国の法律を礼賛しているわけではありません。

ただ、そういう事実の中で、私たちはこれまで生きてきた、ということです。

そして、私たちが法律を意識しないで生きてきた理由が、なんとなくわかりましたでしょうか。

法律の目指す社会と教育のつながり

日本の学校で法律がほとんど教えられない理由は、これまで述べたとおりです。

それならば法律と学校教育が何の関係もないかといえば、そんなことはありません。

実は、とても深いつながりがあります。

法律と教育はどんな深いつながりがあるかというと、

「目指すべき理想社会が、まったく同じだった」

ということです。

「だった」と過去形になっているのは、今は教育のほうが大きく変わってしまったからです。

終戦直後からしばらくの間、教育では「画一性」が重視されました。

物資が不足している日本では、安く、均質な製品を大量生産する必要がありました。

そのためには、各自に個性をもたれては困ったのです。

みんなが勝手バラバラなことをするのではなく、同じ作業を黙々と繰り返す人が、大量に欲しかったのです。

だからルールを守らせ、全員に同じ事をさせる教育が、とても良かったのです。

安く、均質に大量生産する方法は、製造業についてはアメリカが教えてくれました。

アメリカは、軍用製品を日本にたくさん作って欲しかったからです。

やがて日本の工業製品は、アメリカやヨーロッパの品質を上回るようになりました。

戦争も冷戦状態となり、世界情勢も大きく変わったのです。

アメリカは、日本に技術を教える必要がなくなってしまいました。

やがてアメリカは、日本に何も教えてくれなくなったのです。

こうなると、アメリカの影響力が弱まり、画一的な教育が不要になります。

そこで個性を重視したり、ゆとり教育がはじまったりしました。

教育というのは、法律よりも方針転換が簡易であるため、いろいろ変わってきました。

これに対して法律というのは、文言の難易度が高い上に、方針転換も容易にできないように作られています。

そのため教育ほど、大きな変化はしていないのです。

終戦直後は、法律も教育も、目指すべき理想社会が同じでした。

しかし今は、大きく異なってしまいました。

だから学校教育で、さらにいっそう法律を教えることができなくなったのです。

その結果、法律とは何なのか、多くの日本人にとって忘れられた存在になりました。

そして、こういった法律の背景を知っていると、今の変な問題点と、日本の未来がよく読めるようになります。

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